心の奥底に沈んでいる短編小説7冊だよ

本との出会いはタイミングだ。出会い頭にぶつかって不意打ちをくらわせてくる小説の類はタチがわるい。無作法にも土足で上がりこみ、そのまま身体の中に居着いてしまいやがる。そんな本を、短編小説に限定して、7冊選んでみた。好きとか嫌いとか、そんなものさしに関係なく、心の奥底に沈んでいる小説たちだ。なので、他人には決してオススメできない。順序はテキトー。

蜘蛛の糸杜子春芥川龍之介

読書感想文が苦手だった。夏休みの前に渡される推薦図書の一覧を見るのが苦痛で苦痛で。しかたがないので、いちばん短そうな話がつまっている本を選んだ。それが新潮文庫芥川龍之介蜘蛛の糸杜子春」。中学時代3年間の読書感想文は、この1冊で済ませた。「蜜柑」の香りが漂ってくる本は、これと、あまん きみこ「車のいろは空のいろ」の2冊だけだ。

ナイン・ストーリーズJ・D・サリンジャー

ナイン・ストーリーズ」は100回以上読んだ。野崎孝訳の新潮文庫だ。100回以上は詐欺っぽいけど、翻訳ものでいちばん繰り返し読んだ本はこれでまちがいない。講談社英語文庫まで買ってしまった。いくつかの翻訳が出版されている「ナイン・ストーリーズ」。今、読むなら柴田元幸訳のヴィレッジブックスがいいと思う。どうしても言葉って時代が過ぎると古びてしまうからね。でも、「A Perfect Day for Bananafish」のタイトルは「バナナフィッシュにうってつけの日」が最もしっくりくる。

君たちはどう生きるか吉野源三郎

小学生高学年の頃、読書の時間があった。そのときに持っていっていたのが吉野源三郎君たちはどう生きるか」。祖母がもっていたポプラ社の「君たちはどう生きるか」シリーズの1冊だった。全20巻で、他の執筆陣は高村光太郎井上靖武者小路実篤寺田寅彦など。箱入りの大きな本で、とても重かった。内容も小学生には難しかった。「君たちはどう生きるか」=うさんくさい大人が語るお説教お話。この印象でまちがっていないよね?マイ・つまらなかった・小説の代表格。

「三つの小さな王国スティーヴン・ミルハウザー

最初に収録されている中編に近い短編「J・フランクリン・ペインの小さな王国」がものすごく好きで。特に、娘ステラが描写されているシーンにはきゅんきゅんしてしまう。まったく、きゅんきゅんするような内容ではないのだけれど。スティーヴン・ミルハウザーの翻訳はすべて読んでいる。「三つの小さな王国」を最初に買ったのは単行本だった。白水Uブックス版も後から買った。白水Uブックスって媒体も好き。

「幻想の未来」筒井康隆

筒井康隆は、今この世に生きていて、日本語で小説を書いている天才のひとりだと思っている。「時をかける少女」と「日本以外全部沈没」と「虚人たち」と「残像に口紅を」……以下省略、をすべてひとりの人が書いたとは信じられない。天才を、鬼才や奇才、もしくは変態に置き換えてもいい。SF小説の入口は筒井康隆だった。今でも深夜の関西ローカル番組に出演している筒井康隆を見ると、身が引き締まる(ウソ)。

「夢みる少年の昼と夜」福永武彦

一時期、古本屋で、絶版になった福永武彦新潮文庫を集めていた。大林宣彦監督の映画「廃市」を観たからか、池澤夏樹スティル・ライフ」を読んだから、たぶんその両方だったと思う。福永武彦の作品でマイ・ベストが「夢みる少年の昼と夜」。決して明るい物語たちではないし、読後感もすっきりしない。まあ、そういうのが好みなんだけどね。昨年、小学館から「夢みる少年の昼と夜」が復刊した。P+D BOOKSってシリーズらしい。素晴らしい!

「火曜クラブ」アガサ・クリスティ

推理小説といえば、ドス黒い感情が渦巻いていて、カビ臭いものだと思っていた。江戸川乱歩とか横溝正史なんかの影響だ。そんなイメージを変えてくれたのがアガサ・クリスティ「火曜クラブ」。いわゆるミス・マープルもの。どの話を読んでも、ほのぼのとした気持ちになれる。好きな探偵という点では、プロフィール(灰色の脳細胞)にもあるようにポワロの圧勝なんだけどね。

 

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なぜ、小説を読んできたのか、読んでいるのか。何かを学ぶため?自分を高めるため?知見を広げるため?事前に、そんなことを考えていたら頭が疲れて眠くなってしまう。コーヒーでも飲みながら、ぼんやりと文字や余白を目で追っているのが至極、心地よい。読書って、そういうものだと思っている。

おそらく、これまでに読んだ小説の99%がクズだ。何の役目にもならない。本を買うのはおこづかいに入らないという超恵まれた家庭環境で過ごしたおかげで、小学生の頃には本棚に100冊以上の本が並んでいた。けれど、ある年齢から以降はまったく成長なんてしなかった。いったい、これまでに何冊の小説を読んだのか、まったくわからない。

ただ単純に良かったと感じる小説に出会ってしまうと、少しだけ周囲の景色がちがって見える。当たり前に思っていたことが当たり前ではないかもよ、と囁かれたりする。見えなかったものが見えるようになったりする。小説の役目はそれで、それだけで充分だ。それ以上でも、それ以下である必要もない。

クズ、最高だよ。

 

 

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