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阿部和重「インディヴィジュアル・プロジェクション」 #平成のマイ1冊

ジャケ買い」って言葉がある。主に音楽での話だ。収録されている曲の音なんて聞かずに、ジャケットの見た目だけでアルバムを買ってしまう。ジャケットはとても重要だ。アナログのLP盤が全盛だった頃には、ファッションとして約31センチの正方形ジャケットを小脇に抱えていた時代もあったらしい。CDになってジャケットのサイズが小さくとも、やはり視覚的なイメージの重要性には変わりない。で、この選択は意外に当たる。ジャケットのデザインに琴線が触れれば、まあ、だいたい中身の音にハズレはなかった。

本にも「ジャケ買い」がある。正しくは「表紙買い」かもしれない。もっとも衝撃的に、そして中身の圧倒さも含めて記憶しているのが、阿部和重インディヴィジュアル・プロジェクション」だ。この本の表紙は、単行本が発売された1997年当時、そこそこ話題になった。それまで、本の表紙はイラスト、特に抽象的なものが主流で、生活感漂う人物の、それも顔出しした写真を表紙にするなんて異例中の異例だった。

 

本の表紙が重要視されたのは、横溝正史の角川文庫だ。それまで地味だった文庫本の表紙におどろおどろしいイラストを付けて、いわゆるイメージ戦略ってやつを成功させた。いわゆる出版社のメディアミックスが生まれたのもこの頃で、良いか悪いかの評価は別として、本は売れた。それから、ずいぶんと時は経ったけれど、未だにその流れのクズというかゴミというか、そういうものは残っている。そう、メディアミックスしていない本の大半は売れなくなった。

阿部和重は、1994年に「アメリカの夜」で群像新人文学賞を受賞した。フランソワ・トリュフォー監督の作品にもある「アメリカの夜」とは映画用語だ。カメラにフィルターを付けて、夜のシーンを昼間に撮る手法である。阿部和重日本映画学校の卒業生で、めちゃくちゃ単純に言ってしまうと、映画や文芸の評論技法を文学に持ち込んで文壇にデビューした。実際、柄谷行人蓮實重彦といった評論家には評価された。だが、これ以降、激賞の割には文学賞を受賞できない「無冠の……」という言葉で紹介されることが多くなっていった。

アメリカの夜」は第111回芥川賞候補に選ばれたが落選。「インディヴィジュアル・プロジェクション」は第10回三島賞候補に選ばれるがこれも落選。「トライアングルズ」で第118回芥川賞候補になるが、これまた落選。ただ、選考委員の宮本輝からボロクソに書かれ、一流作家の仲間入りを果たす(嫌味)。ようやく、「無情の世界」で第21回野間文芸新人賞受賞。それでも、「ニッポニアニッポン」は第125回芥川賞で落選。「グランド・フィナーレ」で、ついに第132回芥川賞を受賞。しかも、選考委員の老害石原慎太郎にボロクソ言われる(嫌味その2)。

芥川賞がすべてではないけれど、一般ピープルの認知度といった面も含めていえば、これからも阿部和重の代表作と語られていく長編「シンセミア」と世界観や舞台を同じくする「グランド・フィナーレ」ではなく、「インディヴィジュアル・プロジェクション」あたりで受賞しておくべきだったと思っている。

インディヴィジュアル・プロジェクション」の不幸は、発売された当時に出版社(河出あたりかな)が妙に推し進めていた「J文学」という言葉だったのかもしれない。それまでの文壇にとって「J文学」は薄っぺらいものに見えた。さらに、「インディヴィジュアル・プロジェクション」のポップでサブカルっぽい表紙は由緒正しき文学の世界には乗り切れていなかった。

ただ、本当に乗り切れていなかったのは文学の方で、本が売れなくなった現在をつくったさまざまな要因のひとつとして、新しいものを受け入れなかった文壇にも責任があったように感じる。

あの表紙の「インディヴィジュアル・プロジェクション」、今は売っていない。単行本も文庫本も絶版しているようだ。「インディヴィジュアル・プロジェクション」と「ニッポニアニッポン」の2作が収めれた「IP/NN」というタイトルの文庫本になってしまった。表紙はタイトルが大きく書かれたデザインで、とても殺風景だ。

ひどく、残念に思う。

単行本が文庫化するとき、表紙が変わってしまうことはよくある。文庫本が増刷された際に、以前とはまったく別の表紙になってしまうことも多い。映画化され、出演している俳優が表紙につかわれて本屋に平積みされるのも、まあまあよくあることだ。

ひどく、残念だ。

もしも、この世に初めて出版されたときの表紙デザインを、編集者や作者や出版社やらがひとりでも多くの人に読まれて欲しいという強い思いを込めてつくったものなら、それ以後に出される文庫本などの表紙も同じデザインにしていいんじゃないのかな。ダメなのかな。どうして、そうならないのか以前から不思議だった。本の表紙はアルバムのジャケットと同じで、中身の世界観がデザインされているはず。もっと、大切にしてやってもらいたいよね?

と思う。

 

 

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単行本と文庫本で表紙のデザイン変わっちゃって残念の代表格がこれ。

単行本

文庫本

断然、単行本のほうが良いでしょ!派。

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単行本の表紙は荒井良二さん。荒井良二さんといえばどの作品も好きだけど、あえて挙げるならこの2冊かな?